千葉県千葉市の金子茂男税理士事務所です。「社長の身近な相談相手」として、経営や税務相談だけでなく様々なお悩みにお付き合い致します。

代表者プロフィール

■ 始めまして、代表者の金子です

代表者名 金子茂男
所属 千葉県税理士会千葉西支部所属
所有資格 税理士・CFP資格
出身地 山口県
税理士 金子茂男

昭和42年12月 山口県吉敷郡小郡町(現在:山口市小郡)で生まれる

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虫や爬虫類や恐竜が大好きで、山や川で遊んでばかりいた幼少期。
なぜかピアノを習い始めたりもしてましたが・・・。

昭和49年 4月 小郡町立小郡小学校 入学

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少なくとも勉強はしてなくて、幼少期と同じく野山を駆け回って遊んでばかりいました。

昭和55年 4月 小郡町立小郡中学校 入学

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集団行動とかチームプレーとかがどうも苦手ということで、個人でやれてそれなりに自信のあった水泳をやろうと思い、水泳部へ入部。
県下一と云われる厳しい(入部後に知った)顧問の先生に3年間みっちり鍛えられました。
でも3年生になった頃には、県内ではトップレベルまで行けたんでやればできるんだなって、そんな意識は持てた頃です。

昭和58年 4月 山口県立山口高等学校(商業科)入学

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中学からの水泳を続けることだけで選んだ高校でした。
しかし相変わらず勉強は、?だったんで普通科ではなく商業科を選択しました。
その選択がその後の人生に大きな影響を与えることは当時は考えも及びませんでしたが・・・。
ここで初めて簿記・会計と出会いますが、当初は苦手科目でした。
しかし、最終的には得意科目に変わり、自発的に日本商工会議所の簿記2級の試験を受け、合格し、税理士になるんだ!という大いなる勘違いが生まれました。

昭和61年 4月 拓殖大学商学部経営学科 入学

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東京に行きたい、一人暮らしをしたい、というのが本音だったわけですが、浪人だけは避けたいと思い、この大学を選びました。
でも大学在学中に税理士になる!とか言ってましたから、今思えばあの頃が一番、世の中をナメてました。
しかし実際は友人達とのバンド活動やアルバイトに日々明け暮れていて、勉強は・・・という感じの大学時代でした。
当然、税理士資格などとれるはずはありません。

平成 2年 4月 大原簿記学校 入学

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とはいえ、税理士以外は全く進路を考えていなかったんで、何とかしなければ、ということで専門学校に行かせてもらうことに。
2年半の在学中に税理士になるはずでしたが、ここからが本当の意味での苦難の始まりとなりました。
結果は5科目中2科目しか合格できずに学生生活は終わりを迎えました。

平成 5年 2月 某会計事務所 勤務

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働きながら残りの3科目合格を果たすしかなくなり、会計事務所へ。
しかし、ここで職業会計人の何たるかを基礎から学ぶことができました。
試験に受かるための勉強ではなく、実践では何が必要なのか、ということや、お客様とのコミュニケーションの重要さなど、現在でも私の日々の業務スタイルの全ての土台となっているのは、この会計事務所での経験からきています。
そして、ついに税理士試験合格も平成8年12月に果たしました。

平成12年10月 某経営コンサルタント会社 勤務

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税務や会計だけでなく、経営そのものを改善するお手伝いができないか?という気持ちが強い時期でした。
転職を決意しました。かなり勇気が必要だったのを憶えています。
しかし、時代が従来の年功序列や終身雇用制から変わり始めてきていることが分かっていたんで、いろんな経験を積むことがより重要だと感じ居心地の良かった会計事務所から飛び出すことにしました。

さらに時代は企業再生という言葉が出始めていた頃で、勤務したコンサル会社も企業再生のサポートを目指していました。
ここでは企業再生のための様々な手法として、会社合併や営業譲渡などの組織再編、資金調達や経営計画の作成及び銀行交渉など、いろいろな事が経験でき、自分の知識や考え方の引き出しを増やすことができたと感じています。

平成16年 4月 金子茂男税理士事務所 独立開業

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自分一人でどこまでやれるか。
自分を頼りにして下さるお客様にどれだけ出会い、お役に立てるのか?
自分でリスクをとって自身で経営しなければ、経営者の気持ちは分からないんじゃないか。
いろいろな事を考えた結果、独立して自身が事務所を経営することを選択しました。
そういう意味では私もまだ経営者としては駆け出しです。
今後とも皆様と共に悩みながら経営というものを考えていきたいと思います。